(どうしてアデリーナ様がここに……? 今まで一度も図書館で出会ったことがないのに)躊躇っているとアデリーナがオリビアの姿に気付き、声をかけてきた。「本を借りに来た方ですか? どうぞ」「は、はい……」オリビアは呼ばれるままに貸出カウンターに来ると、自分の借りようとしている小説が何だったかを思い出した。(そうだった……! この本は恋愛小説だったわ。アデリーナ様のように知的な女性の前でこんな本を借りるなんて……軽蔑されてしまうかも!)「では、貸出手続きを行うので本を貸していただけますか?」アデリーナは笑顔で話しかけてくる。こんなことなら歴史小説でも借りれば良かったとオリビアは後悔したが、今更引き返すことなど出来ない。「お願いします……」恐る恐る抱えていた本をカウンターに置いた。するとアデリーナは笑顔になる。「まぁ、あなたもこの本を借りるのですか? 私も以前読んだことがあるのですよ。とてもロマンチックな恋愛小説でした。お勧めですよ?」「え? ほ、本当ですか?」まさか借りようとしていた本をアデリーナが読んでいたことを知り、オリビアは嬉しい気持ちになった。けれど、自分のことを全く覚えていない様子に少し寂しい気持ちもある。「ええ、夢中になって頁をめくる手が止まらずに、3日で読み終わってしまいました。では、貸出カードに名前を書いて下さい」「はい。分かりました」オリビアは卓上のペンを手に取ると、名前を書いた。「お願いします」貸出カードに名前を書いて、アデリーナに差し出した。「オリビア・フォードさんですね? 貸出期間は2週間になります。では、どうぞ」アデリーナから本を受け取ったものの、オリビアはまだ話がしたかった。「あ、あのアデリーナ様!」「え? どうして私の名前を?」「私のこと、覚えておりませんか? 今朝、友人と中庭でお会いしたのですけど」その言葉に、アデリーナはじっとオリビアを見つめ……。「あ、思い出したわ! 何処かで会ったような気がしていたけれど、今朝会っていた人だったのね?」「はい、そうです。私のこと思い出していただき、嬉しいです」「今朝はお恥ずかしいところを見せてしまったわね。ただでさえ私はこの赤毛のせいで悪目立ちしているのに。本当にいやになってしまうわ」アデリーナは自分の髪を見つめて、ため息をつく。「あの、アデリー
その日から、オリビアは放課後毎日図書館に通うようになった。試験期間中以外は放課後に図書館に来るような学生は滅多にいない為、アデリーナとオリビアの2人きりの空間になっていた。はじめの頃はアデリーナと本について話をするようになっていたが、2人の親交が深まるに連れ、徐々に踏み込んだ話へ変わっていったのだった……。――放課後、帰り支度をしていると隣の席のエレナがオリビアに声をかけてきた。「オリビア、今日一緒に途中まで帰らない? 私、実は自転車で通学してきたのよ」「え? エレナ……もう自転車を乗りこなせるようになったの? 驚いたわ」「フフフ。自転車に乗る練習にはカールに付き合ってもらったわ。彼のおかげね」「そうだったのね? でももう自転車で通学してくるなんてすごいわ」「でしょう? 自転車って気持ちいいわね。風を切ってスイスイ走る爽快感は素敵だわ。だから2人で自転車に乗って帰らない? 途中、どこか喫茶店に寄りましょうよ」それは、とても素敵な誘いだった。けれど……。「ごめんなさい、エレナ。実は今日、約束があるの」今日、アデリーナは図書委員が休みの日だった。そこで、2人で大学構内に設けられたカフェテリアでお茶を飲むことにしていたのだ。「そうだったのね……あ、もしかしてギスランと約束しているの? 良かったじゃない」「いいえ、違うわ。アデリーナ様とよ」「そう、アデリーナ様と……ええっ!? そ、その話本当なの!?」エレナは大げさに驚く。「ええ、本当よ。そんなに驚くことかしら?」「もちろん、驚くことに決まっているでしょう? だって、あのアデリーナ様よ? 侯爵令嬢であり、あの……悪女と名高い」「悪女というのは誤解よ。それはね、婚約者のディートリッヒ様があらぬ噂話を広めているだけに過ぎないのよ。何しろディートリッヒ様は他に想い人の女性がいるから」「それは、そうかもしれないけれど……でも……」「エレナ……」オリビアがじっと見つめると、エレナは頷いた。「分かったわ、他ならぬ親友のオリビアの話だから信じるわ。約束があるなら仕方ないわね、カールと帰ることにするわ」「ごめんなさい、エレナ」「いいのよ、それじゃまた明日ね」「ええ、また明日」エレナは手を振り、教室を出て行った。「私もアデリーナ様との待ち合わせ場所に行かなくちゃ」そしてオリビアも待ち
「ところで、アデリーナ様。もうすぐ学園祭ですけど、後夜祭には参加されるのですか?」オリビアはミルクティーを飲みながら尋ねた。「ええ、今年最後の後夜祭だから参加するわ」「それでは、パートナーはどうされるのですか?」オリビアは自分自身もパートナーのことで悩んでいたのでアデリーナのことが気になったのだ。「一応、婚約者がディートリッヒだから彼がパートナーになる予定なのだけど……恐らく無理かもしれないわ。それに何だか嫌な予感がするし……」「嫌な予感? それって……」「いいえ、何でもないわ。それより、オリビアさんはどうなの? 確か婚約者がいたはずよね?」アデリーナには婚約者がいる話はしていたが、詳しい事情はまだ説明したことは無かった。「は、はい。そのことなのですが……実は……」ついにオリビアは全てを告白することにした。婚約者のギスランは15歳の異母妹に夢中なこと。 父親からは疎まれ、3歳年上の兄ミハエルからは憎まれている。義母からは無視され、15歳の異母妹からは馬鹿にされていること。その為、使用人たちからも無視をされている……それら全てを告白したのだ。アデリーナはその間、一度も口を開くこと無く黙って聞いていたが……やがて話が終わるとミルクティーを一口飲み……。カチャッ!乱暴にティーカップを皿の上に置いた。「ア、アデリーナ様?」今まで一度も見せたことのない態度にオリビアは戸惑う。「……信じられないわ……一体、その話は何なの!? オリビアさんにそんな態度をとるなんて……許せないわ!」アデリーナの声が店内に響き、中にいた数人の学生客たちがギョッとした様子で2人を見つめる。「アデリーナ様。私の為に怒ってくださるのは嬉しいですが、私なら大丈夫ですから」「いいえ、少しも大丈夫じゃないわ。いい? オリビアさん。あなたのお母様が亡くなったのは、あなたのせいではないわ。こういった言い方はあまり良くないかもしれないけれど、そうなる運命だったのよ。それをあなたの家族たちは何て酷いことをするのかしら。こんなにオリビアさんは優秀なのに」憤慨した様子でアデリーナは続ける。「あなたのお兄様は、この学園に入学することすら出来なかったのでしょう? でもオリビアさんは入学し、学年で上位の成績を修めている。もっと誇るべきよ。なのに、何故そんな窮屈な思いをしているの?」
「アデリーヌ様……私、我慢も媚びを売る必要もないってことでしょうか?」「ええ、当然よ。だって、あなたは家族よりも婚約者よりも優れているのだから。もっと自分に自身を持つのよ」アデリーヌはオリビアの手をしっかり握りしめた。「分かりました、私自分に自身が持てそうです。もう今日から家族にも婚約者にも、そして使用人にも媚びを売るのはやめることにします!」「ええ、そうよ。オリビアさん! 頑張るのよ!」「はい!」そして、2人は店内にいるすべての人々の注目を浴びながら、固く手を握りしめあうのだった――**** 18時を少し過ぎた頃、オリビアは屋敷に帰ってきた。 自分の部屋目指して歩いていると、前方から義母のゾフィーがメイドを連れてこちらに歩いてくるのが見えた。いつものオリビアなら挨拶をする。しかし、義母からは一度たりとも挨拶を返されたことなどない。完全無視をされているのだ。(どうせ挨拶しても無視されるのだもの)媚びを売るのをやめると心に誓ったオリビアはそのままゾフィーに視線を合わせることもなく歩いていき……通り過ぎた途端。「待ちなさい」ゾフィーに背後から声をかけられた。しかし、オリビアはそのまま無視して歩いていると先程よりも大きな声で呼び止められた。「オリビア! お待ちなさい!」そこでオリビアは足を止めて振り返った。「何でしょうか?」「何でしょうかじゃないわ。私に挨拶をしないとはどういうつもり? しかも最初の呼びかけで無視をしたでしょう? 理由を説明しなさい!」険しい視線でゾフィーはオリビアを睨みつけている。そして何故か背後にいるメイドも一緒になってオリビアを睨んでいる。「どうしていつも私を無視する人に挨拶をしなければいけないのですか?」「な、何ですって!?」まさか反論されるとは思わなかったのだろう。ゾフィーの顔が一段と険しくなる。「それに、一度目の呼びかけに返事をしなかったのは名前を呼ばれなかったからです。『お待ちなさい』だけでは誰に呼びかけているのか分かりませんから」オリビアはため息をつきながら大げさに肩を竦めると、ゾフィーはヒステリックに喚いた。「な、なんて生意気な……!とにかく挨拶は基本よ! それぐらい常識でしょう!?」「これは驚きましたね。まさか、お義母様から常識と言う言葉が出てくるとは思いませんでした。今まで一度も私
オリビアは自分の部屋に戻ると机に向かい、カバンから書類を取り出した。この書類はアデリーナから教えてもらった物で、大学院入学届の申請書だった。優秀な学生は無償で大学院に進学することができ、さらに寮に入れば生活の面倒も見てくれるという素晴らしい内容が記されている。アデリーナと別れた後、学務課に寄って貰ってきたのだ。「父も兄も、女の高学歴を良く思っていないわ。当然大学院の進学なんて反対するに決まっている。大体卒業後はギスランと結婚させて進学もさせないつもりなのだから」……いや、そもそもギスランは自分と結婚する気があるのだろうか? 異母妹のシャロンと親密な仲である状況で……。そんな事を考えながら、オリビエは書類の記入を始めた――****一方その頃……。「聞いて下さい、あなた!」ゾフィーはノックもせずに乱暴に扉を開けると、夫――ランドルフの書斎にズカズカと入ってきた。その非常識な振る舞いにランドルフは眉をひそめる。「何だ、ゾフィー。随分と騒がしくしおって。見ての通り、仕事の書類がたまっていて今忙しいのだ。話なら後にしてくれ」「いいえ! 聞いていただきます。オリビアが私に歯向かったのですよ! 生意気にもあのオリビアが私に挨拶もせずに無視したたのですよ!」悔しさをにじませながら机を叩くゾフィー。「だが、お前の方こそ今までオリビアを無視してきただろう? いつもお前に声をかけても無視されるから、オリビアも挨拶するのを諦めたのだろう。別にいいではないか。あんな娘など、気にする価値もない」あまりにも呆気ないランドルフの態度にゾフィーは苛立ちを募らせた。「何を言っているのです! それだけではありません! 何故挨拶をしなかったのか問い詰めたら謝るどころか、生意気にも私に言い換えしてきたのですよ!」「何? オリビアがお前に言い返してきたのか? 確かにそれは由々しき事態だな……」「ええ。だから今すぐオリビアの部屋に行って、あなたから、お説教を……」「イヤ、それは無理だな」「……は? あなた。何をおっしゃってるの?」「だから今は忙しいのだと言ったばかりだろう? お前にはこの書類の山が見えないのか?」「ですが、こういうことは早めに説教するべきです! また憎たらしい態度をとられる前に!」「いいかげんにしろ! ここ最近目の回るような忙しさなんだ! 説教な
18時半を少し過ぎた頃のこと。ゾフィー付きのメイドが厨房で、料理長と話をしていた。「え? 今、何と言ったんだ?」料理長が怪訝そうな表情を浮かべる。「だから今夜の食事、オリビアにはスープとパンだけを出すようにって言ってるのよ」仮にも伯爵令嬢であるオリビアを呼び捨てにするこのメイドはゾフィーから格別に可愛がられている。先程オリビアを睨みつけていたのも、このメイドだ。彼女はゾフィーに気に入られているのをいいことに、使用人の中で尤もオリビアを軽視していたのだ。「これでも俺は、この屋敷の厨房を任されているんだぞ? その俺に使用人以下の料理をオリビア様に出せって言うのか?」料理長としてプライドが高い彼は、この提案が面白くないので不満げな顔を浮かべる。「そうよ、これは奥様からの命令なの。今日、オリビアは生意気な態度を奥様にとったのよ。その罰として、今夜の料理はスープとパンだけにするようにって命じられのよ」本当はそんなことは言われてなどいない。けれど、このメイドは点数稼ぎの為に嘘をついた。1人だけ貧しい食事を与えて、身の程を分からせようと企んだのだ。「奥様の命令なら仕方ないか。分かった、スープとパンだけをオリビア様に提供すればいいんだな?」「ええ、そうよ。分かった?」「何処までも横柄な態度を取るメイドに、料理長は素直に従うことにしたのだった。そして、その様子を物陰で見つめていたのは専属メイドのトレーシー。(た、大変だわ……! オリビア様のお食事が……!)トレーシーはメイドと料理長が交わしたやりとりの一部始終を目撃すると、踵を返してオリビアの元へ向かった――****「大変です! オリビア様!」トレーシーはオリビアの部屋へ駈け込んできた。「トレーシー、そんなに慌ててどうしたの?」「それが……」トレーシーは自分が厨房で見てきたこと全てを説明した。「ふ~ん……そう。義母は、自分のお気に入りのメイドを使ってそんな真似をしたのね?」「どうなさるおつもりですか? オリビア様」まだ年若いトレーシーはオロオロしている。「そうね……」今迄のオリビアなら家族に嫌われたくない為に、どんな処遇も受け入れただろう。けれど憧れのアデリーナに指摘されて目が覚めたのだ。『何故、我慢しなければならないの? 家族に媚を売って生きるのはもう、おやめなさいよ』
「それではトレイシー、行ってくるわね」自転車にまたがったオリビアが、外まで見送りに出てきたトレイシーに笑顔を向ける。「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ。必ずオリビア様に言われた通り、実行したしますのご安心下さい」「ありがとう、よろしくね」オリビアは黄昏の空の下、自転車に乗って町へと向かった。「お気をつけてー!」トレイシーは姿が見えなくなるまで手を振り続けた――**** オリビアが町へ到着した頃には、すっかり夜になっていた。ガス灯が照らされ、オレンジ色に明るく照らされた町並みは、いつも見慣れた光景とは違い、新鮮味を感じられる。それでもまだ時刻は19時になったばかりなので、多くの老若男女が行き交っている。「すごい……夜の町って、こんなに賑わっていたのね」自転車を押しながら、オリビアは目当ての店を探して歩く。彼女が探している店は、最近学生たちの間で話題になっている店だった。「女性一人でも気軽に入れる店」を謳い文句に、まだ若い女性オーナーが経営している店だと言う。『内装もお洒落で、女性向きのメニューが豊富』と、女子学生たちが騒いでいたのを耳にしたことがある。その時から機会があれば一度、行ってみたいと思っていたのだ。「確かお店の外観は、レンガ造りの建物に紺色の屋根って言ってたわね。そして店の名前は……」すると、前方に赤レンガに紺色屋根の建物を発見した。入り口には立て看板もある。「あれかもしれないわ!」オリビアは自転車のハンドルを握りしめると、急ぎ足で向かった。「この店だわ……『ボヌール』。間違いないわ」店の名前も事前情報で知っていた。窓から店内を覗き込んでみると20人程の客がいいて、全員オリビアと同年代に思えた。客層が若いと言う事に後押しされたオリビア。早速店脇に邪魔にならないように自転車を止めると、緊張する面持ちでドアノブを回した。――カランカランドアベルが鳴り響くと中にいた何人かの客がこちらを振り向き、緊張するオリビア。けれどすぐに視線が離れたので、ゆっくり店内に足を踏み入れた。店内にいた客は男女合わせて半々というところだった。けれど、店に1人で来たのはオリビアだけのようだった。(え? 女性一人でも気軽に入れるお店と聞いていたけど……何だか思っているのと違うわ)しかし、今更店を出ることも出来ない。オリビアは覚
「あ、あの……?」見覚えが無く、首を捻ると青年は笑顔になると向かい側の席に座って来た。「君、1人でこの店に来たのかい? 1人で食事なんて味気ないだろう? 俺も1人なんだよ。良かったら一緒に食事しよ?」「い、いえ。結構です」身の危険を感じたオリビアは首を振る。「まぁ、そう言わずにさ。食事なら俺が御馳走してあげるから」そして男性客は突然、左手首を掴んできた。「え!? ちょ、ちょっとやめてください!」手を振り解こうとしても、力が強すぎて敵わない。周囲にいた客は騒ぎに気付いていも、誰も助けようとはしない。その時――「お待たせいたしました」ウェイターが突然大きな声をかけてきた。「お、おい! いきなり驚かすなよ!」男性客が非難すると、ウェイターは鋭い眼差しで男性客を睨みつける。「俺はこの店のオーナーで、彼女の知り合いだ。出入り禁止にされたくなければ、勝手な真似をしないでもらおうか?」「う……わ、分かったよ!」その目つきがあまりにも鋭かったので、男性客はたじろぎ……周囲の冷たい視線に気づいた。「く、くそっ!」バツが悪いと感じた男は逃げるように店を飛び出して行ってしまった。「ふん。所詮、いいとこの貴族だな。あれくらいのことで逃げ出すとは」扉を見つめ、ため息をつくウェイターにオリビアは礼を述べた。「あ、あの……ありがとうございます。おかげで助かりました」「こんな目立たない席で、1人でいると今みたいなことになるかもしれない。カウンター席に来た方がいいな。こっちに来いよ」それはおよそ客に使うとは思えない、乱暴な口調だった。「はい……分かりました」青年に言われるままにカウンターに連れられてきたオリビアは席に着いた。「それで、何にするんだ?」「え? ええと……ディナープレートをお願いします」「分かった」ウェイターは頷くと、カウンターの奥に消え……少し経つと再び戻ってきた。「すぐに作るように注文入れてきた。だから食べ終えたらさっさと帰れよ。大体、何で女1人で来るんだよ」「え? で、でもこのお店は女性1人でも気軽に入れるお店って聞いていたんですけど? しかも女性オーナーだって……それなのに、あなたがオーナーってどういうことですか?」「……あぁ、それでか」何処か納得した様子で青年は頷き、続けた。「それは、あくまで朝から夕方までの
「そう言えばお父様。先程熱心に新聞を読んでおられましたが、何か気になる記事でもあったのですか?」珍しく食後のお茶を飲みながら、オリビアはランドルフに尋ねた。「ギクッ!」ランドルフの肩が大きく跳ねる。「ギク……? 今、ギクと仰いましたか?」「あ、ああ……そ、そうだったかな……?」かなり動揺しているのか、ランドルフは自分のカップにドボドボと角砂糖を投入し、カチャカチャとスプーンで混ぜた。「あの、お父様。さすがにそれは入れ過ぎでは……?」しかし、ランドルフは制止も聞かず、グイッとカップの中身を飲み干す。「うへぇ! 甘すぎる!」「当然です。先程角砂糖を7個も入れていましたよ。それよりもその動揺具合……さては何かありましたね? 一体何が新聞に書かれていたのですか?」オリビアはテーブルに乗っていた新聞に手を伸ばす。「よせ! 見るな!」当然の如く、新聞を広げて凝視するオリビア。「……なるほど……そういうことでしたか」新聞記事の中央。つまり一番目立つ場所にはランドルフの顔写真付きの記事が載っていた。『ランドルフ・フォード子爵、別名美食貴族。裏金を受け取り、実際とは異なる飲食店情報を記載。被害店舗続出』大きな見出しで詳細が詳しく書かれている。(マックス……うまくやってくれたみたいね)オリビアは素知らぬ顔でランドルフに尋ねた。「お父様、こちらに書かれている記事は事実なのですか?」「……」しかし、ランドルフは口を閉ざしたままだ。「お父様、正直にお答えください」すると……。「そう、この記事の言う通りだ! 私は『美食貴族』として界隈で名高いランドルフ・フォードだ! 私のコラム1つで、その店の評判が決まると言っても過言では無い! 店の評判を上げて欲しいと言ってすり寄ってくるオーナーや、ライバル店を潰して欲しいと言って近付く腹黒オーナーだって掃いて捨てる程いる! だから私は彼らの望みを叶える為にコラムを書いてやった! これも人助けなのだよ!」ついにランドルフは開き直った。「それなのに……一体、どこで裏金の話がバレてしまったのだ……? そのせいで、もう私は『美食貴族』の称号と、コラムニストの副業を失ってしまった。それだけではない、この町全ての飲食店に出入り禁止にされてしまったのだよ! もし入店しようものなら……け、警察に通報すると! もう駄目
翌朝――朝食の為にオリビアがダイニングルームへ行くと、既にランドルフが席に着いて新聞を食い入るように見つめていた。食事の席は父とオリビアの分しか用意されていない。オリビアが席に着いてもラドルフは気付かぬ様子で新聞を読んでいる。(一体、何をそんなに熱心に読んでいるのかしら?)訝しく思いながら、オリビアは声をかけた。「おはようございます、お父様」「え!?」ランドルフの肩がビクリと大袈裟に跳ね、驚いた様子で新聞を置いた。「あ、ああ。おはよう、オリビア。それでは早速食事にしようか?」「はい、そうですね」そして2人だけの朝食が始まった――「あの……お父様。聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」食事が始まるとすぐにオリビアはランドルフに質問した。「何だ?」「今朝はお兄様の姿が見えませんね。まさか、もうここを出て行かれたのですか?」「そのまさかだ。ミハエルは夜明け前に自分が選別した幾人かの使用人を連れて、屋敷を去って行った。多分、もう二度とここに戻ることはあるまい」オリビアがその話に驚いたのは言うまでもない。「何ですって? お兄様が1人で『ダスト』村へ行ったわけではないのですか?」「私もミハエル1人で行かせるつもりだった。だが、あいつは絶対に自分一人で行くのは無理だと駄々をこねたのだ。身の回りの世話をする者がいなければ生きていけるはず無いだろうと言ってな。いくら言っても言うことをきかない。それで勝手にしろと言ったら、本当に自分で勝手に使用人を選別して連れて行ってしまったのだよ」そしてランドルフはため息をつく。「そんな……それでは誰が連れていかれたかご存知ですか?」「う~ん……私が分かっているの2人だけだな。1人はミハエルの新しいフットマンになったトビー。もう1人は御者のテッドだ。後は知らん」「えっ!? トビーにテッドですか!?」「何だ? 2人を知っているのか?」「え、ええ。まぁ……」知っているどころではない。トビーをミハエルの専属フットマンに任命したのはオリビア自身だ。そして御者のテッドは近々結婚を考えている女性がいるのだから。「何て気の毒な……」思わずポツリと呟く。「まぁ、確かに『ダスト』村は何にも無いさびれた村だ。だが、存外悪くないと思うぞ? トビーは身体を動かすのが大好きな男だ。あの村は開拓途中だからな、
「そ、そんな! それだけのことで追い出すなんて、俺は何処に行けばいいのです!? まだ卒業もしていないし、無職決定なのに! それに、第一俺がここを出て行ってしまったら誰がフォード家の後を継ぐのです!?」ワインの注がれたグラスを手にしたまま、喚くミハエル。かなり興奮しているのか、グラスのワインが今にもこぼれそうなほどに揺れている。「卒業だと!? お前はもう退学だ! もはやお前の居場所はここにはないのだ!」ランドルフがビシッとミハエルを指さす。「酷いじゃないですか! 来月卒業なのですよ? 中退なんて恥ずかしいです! せめて卒業くらいさせて下さいよぉ! 働き口を無くしてしまった哀れな息子を追い出さないで下さい! 俺がどこかで野垂れ死んでしまってもいいのですか!?」「黙れ! 大学に残る方が余程恥ずかしい事だと思わないのか!? 後ろ指をさされ、踏みつけ、詰られて石をぶつけられても良いのか!? 退学はお前の為でもあるのだ!」青筋を立てながら怒鳴るランドルフ。その様子をオリビアはワインを飲みながら冷静に見つめていた。(さすがにそこまではされないのじゃないかしら。でも中退させるのが兄の為だと言っているけれども……嘘だわ。きっと大学ヘそのまま通わせるのはお金がもったいないと思っているのよ)2人の言い合いはまだ続き、無言で食事を続けるオリビア。(全く、うるさい2人ね……さっさと食事を終わらせて退席しましょう)ランドルフもミハエルもワインを飲みながら口論するので、徐々にヒートアップしてきた。「分かりました……それでは百歩譲って、退学をするとしましょう。ではその後は? 追い出された俺は一体どこで暮らせばいいのです!」そしてミハエルはグイッとワインを飲み干す。「そんなのは知らん! ……と、言いたいところだが私もそこまで鬼ではない。ミハエルよ。お前には『ダスト』の村へ行ってもらう! あの村もフォード家の領地であることは知っているな!」「え……? 『ダスト』村……? ひょっとしてまだあの村が残っていたのですか!」ミハエルが目を見開く。『ダスト』村はの話はオリビアも聞いたことがある。フォード家は広大な土地を所有していたが、ぺんぺん草すら生えない荒地が半数を占めている。その中でも特に『ダスト』村は最も貧しい村だった。畑を耕しても、瘦せた土地ではサツマイモやジャガ
――その日の夕食の席のこと。フォード家では基本、食事は家族と一緒にという家訓の元、オリビアは嫌々ダイニングルームへやってきた。「よぉ、オリビア。待っていたぞ」テーブルには「引きこもり宣言」をした兄、ミハエルが陽気な声で挨拶してくる。既に引きこもり生活に突入したつもりでいるのか、襟元がだらしなく着崩れた姿の兄を見て、オリビアは眉を顰める。「お兄様、もうテーブルに着いていたのですね。お早いことで」嫌味を込めて言ったつもりだが、ミハエルには通用しない。「まぁな。俺は今日から引きこもりになると決めたから暇人なんだ。今や、一番の楽しみは食事になってしまった。だからいち早くここに来たと言う訳さ。それにしても見て見ろ。今夜は御馳走だぞ?」「確かにそうですね……」着席しながらテーブルに並べられた料理を見つめるオリビア。フォード家の食事はもともと豪華だが、今夜はいつも以上に豪華だ。しかも料理の品数も2~3品多い。(どうして今夜はこんなに食事が豪華なのかしら……? まるでお祝いの席みたい)そこまで考え、ハッとした。(まさか、お父様は兄が王宮騎士団から追放されて、引きこもり宣言をしたことに気付いていないのかしら?)「それにしても、一体今夜はどうしたっていうのだろう? まるで祝いの席の様だ。ひょっとして俺の引きこもり生活の門出を祝う席でも設けてくれたのだろうか? いや、流石にそれはないだろう。ハッハッハッ!」まるでアルコールで酔っぱらっているような兄に、オリビアは思いっきり軽蔑の眼差しを向けた。「お兄様……ひょっとして夕食の前から既にお酒を召されているのですか?」「失敬な! 今の俺はシラフだぞ。それは確かに……王宮騎士団をクビにされ、帰宅した直後に少々ワインは飲んだが……今はとっくに、酔いは冷めている!」「はぁ……そうなのですね」つまり、ミハエルがあれ程吠えていたのは、酔いも手伝ってと言う事だったのだ。「それより、父は遅いな……いつもならとっくに席に着いているのに……」ミハエルがそこまで口にしたとき。「待たせたな」父、ランドルフがダイニングルームに現れて着席した。「それでは、早速食事にしよう」ランドルフの言葉に給仕達が現れ、温かい料理を運んでくる。その様子を嬉しそうにミハエルは眺めているが、父は浮かない顔をしている。(変ね……いつものお
「成程、引きこもりですか……?」オリビアは吹き出しそうになるのを必死に堪えながら頷く。何しろ王宮騎士団に入れるのは、全員貴族と決められている。国王直属の騎士になるのだから、当然と言えば当然のこと。その貴族たちの前で恥をさらされたのだから、ダメージは相当のものだろう。王宮騎士団に入団すると言うのは、大変名誉なことだった。高学歴も必要とされ、大学を卒業見込みの者がまず試験を受ける権利を貰える。脳筋バカでは国王に仕える者として、失格なのだ。毎年入団試験を受ける者は1000人を超えると言われている。まず、最初の筆記試験で半数が落とされ、剣術の実技試験で更に半数。最後の面接で半数が落とされると言われている。「お兄様、正直に話して下さい。いつの段階で、裏金を支払ったのですか?」未だにグズグズ泣くミハエルに静かに尋ねるオリビア。「グズッ……そ、そんなの決まっているだろう? 筆記試験の……段階で、金を支払ったんだよ! 裏口入団に顔の利くブローカーを見つけて……ウグッ! 悪いとは思ったが、家の金庫に深夜忍び込んで……ウウウウッ! 後で返済しようと思って……ヒグッ! 拝借したって言うのに……何も、何もあんな大勢の前で俺を糾弾して、排斥することはないじゃないか! せめて、人目のつかない所でやってくれればいいのにぃぃっ!! 俺はもう駄目だ!! 引き籠るしかないんだよぉおおおっ!! 誰だっ!! 密告した奴は!! ちくしょおおおお!!」年甲斐もなく涙を流しながら吠えまくるミハエルに、もはやオリビアは呆れて物も言えない。(密告したのは私だけど……それにしても呆れたものだわ。実力も無いのに、王宮騎士団に入ろうとしたのだから自業自得よ)けれど、これではうるさすぎて堪らない。そこでオリビアはミハエルを慰めることにした。「落ち着いて下さい、お兄様。確かに恥はかいてしまいましたが、私はこれで良かったと思いますよ?」「何でだよ!! 何処が良かったって言うんだよぉお!!」「だって、考えてみて下さい。お兄様は実力も伴わないのに、高根の花である王宮騎士団に入ろうとしたのですよ? 仮にこのまま騎士になれたとしても、いずれすぐにボロが出て不正入団が明るみに出ていたはずです。もしそうなった場合、国王を騙した罰として、不敬罪に問われて処罰されていたかもしれませんよ?」「な、何……不敬罪…
「お兄様、一体何を大騒ぎしているのですか?」オリビアは咆哮を上げている兄、ミハエルに声をかけた。「え……? あ!! オリビアッ! お、お、お前……何故この部屋にいるんだよ!!」ミハエルは涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けてきた。「プッ」その顔があまりにも面白すぎてオリビアは吹き出す。「オリビア……今、お前吹き出しただろう? つまり笑ったってことだよな!?」「いいえ、笑っておりません。クッ……クックク……」とうとう我慢できず、オリビアは俯き肩を震わせた。「ほら見ろ!! やっぱり笑っているじゃないか! それに一体何だ! 何故勝手に人の部屋に入って来ているんだよ!! 俺は誰にもこの部屋の立ち入りを許した覚えはないぞ!!」顔を真っ赤にさせて涙を流すミハエル。オリビアは今にも笑い出したい気持ちを必死に抑えて話を始めた。「私がこの部屋に来たのは、部屋の扉が全開だったからです。そこで中を覗いてみると、お兄様が狂ったように泣き叫んで暴れる姿を目にしたので部屋に入ったまでですが?」「何? 部屋の扉が開いていただって? 嘘だ!! 扉は閉まっていたはずだ!!」「いいえ、開いておりました。お兄様は物を投げて当たり散らしていましたよね? 恐らく何かが扉に当たり、はずみで開いたのではありませんか? そう、丁度このクッションのように」平気で嘘をつき、足元に落ちていたクッションを拾い上げた。「そうだった……のか……?」未だに涙を滝のように流している兄、ミハエル。「ええ、そうです。それでお兄様? 一体何をそんなにないておられるのでしょう? もう妹にみっとも無い姿を見られているのですから、この際胸に秘めた思いを口にしてみてはいかがですか?」「わ、分かった……聞いてくれるか? オリビア……」袖で涙をゴシゴシ拭うミハエルに、オリビアは笑顔で頷いた。「はい、何でも聞きましょう」「今日は……し、新人騎士団の……ヒック! 初めての顔合わせの日だったんだよ……そ、それで他の新人たちと整列して、憧れのヒグッ! キャデラック団長を待っていたんだよぉ……」グズグズ泣きながら、ミハエルは語りだした。泣きじゃくりながらの説明だったので若干分かり辛さはあったものの、詳細が明らかになった。ミハエルは高揚した気分で憧れて止まないキャデラック団長を待っていた。そこへマントを羽織
オリビアが自転車を飛ばして屋敷へ戻ってくると、予想通りに面白いことが待ち受けていた。「お帰りなさいませ、オリビア様」フットマンが恭しくオリビアをエントランスで迎えてくれた。「ただいま。ところでお兄様はもうお帰りになっているのかしら?」今の時刻は16時を少し過ぎた辺りだった。今日は入団して初めての顔合わせと訓練が実施されると聞いている。もしも予定通りミハエルが訓練を受けているなら、まだ帰宅してはいないのだが……。「ええ、実はもうすでにお帰りになっております」フットマンの声が小さくなる。「あら? そうなの? お兄様は確か今日から王宮騎士団に入団し、訓練をうける日だと聞いていたけど……妙な話ね?」わざとらしくオリビアは首を傾げる。「はい。私たちもそのようにお話を伺っていたのですが……ミハエル様は11時には帰宅されてきたのです。しかも何やら、ズタボロの姿に……あ、いえ! かなり髪型と服装が乱れた様子で戻られました。気のせいか、何やら目頭に光るものが……い、いえ! 今の話はどうぞ聞かなかったことにして下さい!」フットマンはぺこぺこ頭を下げてきた。「ええ、聞かなかったことにするわ。でも、それは心配ね……自分の部屋に戻るついでにお兄様の様子を見に行ってくるわ」「はい! お願いいたします! 何やら酷く興奮されているようでして、もう我々では手に負えないのです」「分かったわ、任せて頂戴」頷いたオリビアは鼻歌を歌い、軽やかにステップを踏むようにミハエルの部屋を目指した。**** ミハエルの部屋はオリビアの部屋よりも手前にあり、日当たりも良く最高の場所にあった。冷遇されていたいオリビアは一番通路の奥の部屋に追いやられ、いつもミハエルの部屋の前を通るのが嫌で嫌でたまらなかったのだが……。「今日ほど、自分の部屋が兄よりも奥にあることを感謝したことは無いわ」ミハエルの部屋を目指して廊下を歩いていると、部屋の前で数人の使用人達が佇んでいる姿が目に入った。使用人達は困った様子でミハエルの部屋を見つめている。「ただいま。あなた達、ここは兄の部屋よね? 一体扉の前で何をしているの?」オリビアはしらじらしく使用人達に声をかけた。「あ、お帰りなさいませ。オリビア様」「実はミハエル様が部屋の中で大暴れしているのです」「時々、大声で吠えたりしているので不気
――放課後帰り支度をしていると、エレナが声をかけてきた。「オリビア、今日は1日ずっと楽しそうだったわね。何か良い事でもあったの? 昼食はアデリーナ様と一緒だったのでしょう?」「ええ、一緒だったわ。勿論アデリーナ様との食事も楽しかったけど、それ以外にも今日はこれから楽しいことが起こりそうなの」「あら、どんなことかしら。教えてくれる?」「ええ。いいわよ。それはね……」そのとき。「エレナ、迎えに来たよ」エレナの婚約者、カールが現れた。「まぁ、カール。今日は早かったのね」「それはそうさ。早く君に会いたかったからね。ん? オリビア、君もいたのか?」カールはオリビアの姿に気付き、声をかけてきた。「ご挨拶ね。ええ、いたわよ。でもお2人のお邪魔みたいだから、すぐに帰るわ」するとオリビアの言葉にエレナとカールが驚く。「え? オリビア、私は少しもあなたが邪魔だなんて思っていないわよ?」「そうだよ。オリビアはエレナの大切な親友じゃないか」2人の言葉に笑うオリビア。「ふふ、ほんの冗談だから気にしないで。それじゃ、又明日ね」オリビアは手を振ると、教室を後にした。「本当にエレナとカールは仲が良いわね~」独り言のように呟くと、突然背後から声をかけられた。「何だ? もしかして羨ましいのか?」「キャアッ!」驚きのあまり悲鳴を上げて振り向くと、マックスの姿がある。「びっくりした……何もそんなに大きな声をあげることはないだろう?」「それはこっちの台詞よ。マックス、突然声をかけてこないでよ」「ごめん。オリビアの姿が目に入ったから、ついな。ところでオリビア。ここで出会ったのも何かの縁だ。ちょっとこれから一緒に出掛けないか?」「え? 出掛けるって一体どこへ?」「今夜の食材を買いに行こうかと思っていたんだよ」「つまりは買い出しってことね?」「買い出し……か。う~ん……その言い方は少し語弊があるかもしれないが……買い出しには間違いないか……」マックスの態度はどこか煮え切らない。そこでオリビアは首を振った。「ごめんなさい、マックス。折角だけど、私行かないわ」「え? 行かないのか?」「ええ。実は今日、早く家に帰らなければならないのよ」「家に帰らなければって……オリビアは家が嫌いじゃ無かったのか?」「ええ、確かに嫌いよ」マックスの言葉に頷く。
その日の昼休みのこと――オリビアは中庭にあるガゼボに来ていた。今日はここでアデリーナと待ち合わせをして一緒に食事をすることになっていたのだ。「今日もいいお天気ね……」ガゼボの中から中庭を見つめていると、アデリーナが手を振ってこちらへ駆けてくる様子が見えた。「アデリーナ様っ!」オリビエは立ち上がり、笑顔で手を振る。「ごめんなさい、オリビアさん。待ったかしら?」息を切らせながら、ガゼボに入って来たアデリーナ。「いいえ、私も先程来たばかりですから気になさらないで下さい」「そう? なら良かったわ」2人で並んで座るとオリビアは早速持参してきたバスケットを開いた。「アデリーナ様、我が家自慢のシェフが腕を振るってサンドイッチを作ってくれました。他にもマフィンやスコーンもありますよ。早速頂きませんか?」豪華な食事に、アデリーナの目が輝く。「まぁ、美味しそうね。本当に頂いてもいいの?」「ええ、勿論です。では早速……」「待って! オリビアさんっ!」不意にアデリーナが止めた。「アデリーナ様? どうかしましたか?」「食事の前に、まず昨夜のことを謝らせて貰えないかしら? 折角楽しい食事の場を提供してもらったのに、私ったら途中で酔って眠ってしまったでしょう? 恥ずかしいわ……本当にごめんなさい」憧れのアデリーナに謝られて、オリビアはすっかり慌ててしまった。「そ、そんな。謝らないで下さい。私、むしろ嬉しかったんです」「え? 嬉しかった? 何故かしら?」「セトさんが言っていました。アデリーナ様は本当に昨夜は楽しそうだったって。楽しくお酒を飲めたから酔って眠ってしまったってことですよね?」「ええ。その通りよ。あんなに楽しくお酒を飲めたのは初めてだったわ」アデリーナは頷く。「私もすごく楽しかったです。だから謝らないでください。そうでなければ……また、お誘いすることが出来ませんから」「分かったわ。また是非、一緒にマックスさんのお店に行きましょう?」「はい! それでは早速頂きませんか?」オリビアはバスケットをアデリーナに勧めた。「ありがとう、それでは頂くわね」こうして、ガゼボの中で2人のランチ会が始まった――「本当にこのサンドイッチ、美味しいわ。さすがフォード家のシェフは一流ね」アデリーナが感心した様子でサンドイッチを口にする。「ありが